2007722日(日)

ヨハネ11:1−32「神の時」(In His Time)

きょうはメッセージに入る前に証をしたいと思っています。

2007年は私と家内にとって、またJCFにとっても試練の年となりました。

2月14日に家内のガンが肝臓に転移したことを知らされ、4月20日に肝臓の外科手術を受け、615日より4ヶ月にわたるキモセラピー(抗がん剤治療)がカナダオンタリオ州ウインザー市のガンセンターではじまりました。

家内の病気のことで多くの方が祈ってくださって感謝しています。

家内の病気の問題に加えて、JCFに対して大きな影響を与える労働ビザの問題が起こりました。

私はR-1という労働ビザでアメリカに入り、ミシガンBGCの教職者として仕事をしてきました。

このビザは五年で切れます。このビザが切れる日が今年の619日でした。もし、ビザが切れたあともう一度このRビザでアメリカに入って来たければ、いったん本国であるカナダに帰り、そのあと1年以上カナダに住んでいなければ再びこのビザでアメリカに入れないという規則があります。

このRビザが切れるずいぶん前にグリーンカード(永住権)申請の最初の段階であるI-360の申請(petition)をしておりました。ところが最近911以降この申請の審査が厳しくなり、とくに宗教関係の申請に対しては特に厳しくなってきました。

最初に問題になったのは、私がMichigan Baptist General Conferenceの教職者として雇用されておきながら、Detroit JCFという教会にも雇用されている。私が二つの異なった団体に雇われているので申請書類は矛盾していると連邦政府が言ってきたことでした。

私が最初にMichigan BGCに雇用され開拓伝道が始まった時にはDetroit JCFは存在していませんでした。それが教会が誕生し、3年で経済的に自立し、Detroit JCFだけで牧師をサポートできるようになりました。チャーチプランティングが計画通り進んだわけであって、当たり前のことが起こっているのですが、連邦政府はそれを私が二つの団体に関わっていて矛盾と受け取ったのです。

この説明のために多くの証明を必要としました。またデトロイトJCFMBGCに正式加盟することとなりました。

さらにもう一つ、厳しい審査が出てきました。

いままでは書類審査だけだったのが、連邦政府がSite Inspectorをいちいち現場に送り込み、申請書類どおりの宗教活動が行われているかどうか、いちいち現場に行って関係者にインタビューをするという制度ができました。

さらに連邦政府が指定してきた54日の日にMichigan BGCExecutive MinisterであるRon Sheveland牧師がミシガンから戻らないという事態が起こり、この予定されていた現地調査(Site inspection)が延期になりました。

そして実際にサイトインスペクションが行なわれたのは1ヶ月遅れの61日のことでした。

私は当初は、もっと早くI-360のペティションが通り、Adjustment of Statusという段階に移行して欲しかったのですが、連邦政府の厳しい審査とサイトインスペクションの制度とミシガンBGC側の対応の遅れによって、とうとう619日にビザが切れるまでにペティションの認可の手紙が来そうもない。だから、カナダに引っ越さなければならないという事態になりました。

ところが、もう一つ複雑な事情がありました。

私と家内の恵子は、カナダのオンタリオ州の健康保険を政府から5年間の特別許可をもらって使っていました。家内はこの健康保険によってがん治療を受けていました。

このオンタリオ州政府からの健康保険が今年の7月で切れることになっていました。その後カナダの健康保険を使おうとするならば、カナダに住居を移さなければならなくなったのです。

そのため、アメリカの高い健康保険を買うという方法を検討しましたが、過去の病歴を聞かれない唯一の最もよい保険であるBlue Cross Blue Shieldという保険は保険料が月1000ドルを越え、さらにすでに持っている病気の継続治療をするためには、保険料を支払ってから6ヶ月後でないと保険が効かないという規則があることがわかりました。

家内は今すぐにガンのための継続治療が必要で、6ヶ月待っていたら命がないかもしれません。

ですから教会で予算を取ってはありましたが、アメリカの健康保険を買うことはできないという結論に達しました。

グリーンカード申請のための最初のペティションが認可されると、アドバンスパロールという名前の渡航許可証が来るまではアメリカから国外に出られなくなります。

ところが家内は、カナダのウインザー市のガンセンターで治療を毎週受ける必要があり、さらにJCFのミニストリーのためにミシガン州ノバイ市にいる必要がありました。

一方で、グリーンカードを申請して最初のペティションが通るとアメリカを出られなくなる、ということと、家内の病気は命の危険があり、カナダで治療を続けるしか方法がない、ということ、この二つはどうみても矛盾することでした。

このパズルはあまりにも高度で難しすぎて、私の小さな頭ではどうしても解くことができませんでした。

さらに私と家内を最も大きな悩みの中に追い込んだ問題が生じました。JCFの子供のプログラムを閉鎖しようという圧力がでてきたことでした。JCFの子供のプログラムはだんだん実を結びはじめており、6家族が教会に連なるようになりました。またこのプログラムは教会の経費をまかなう大切な貢献をしています。家内は傷つき悩んだ末、私と別居してでもJCFのミニストリーを守ろうと決意しはじめました。

悩みと試練の中におりながらも、不思議に平安と喜びがありました。事態は楽観できる状態ではありませんでしたが、神様が何とかしてくださるはずだ、この高度なパズルは私の頭では解けなくても、神様が解決してくださるはずだ、と楽観していました。

しかし事態は、グリーンカードのペティションが来なければ、カナダに引っ越して1年以上カナダで待たなければならないというという深刻な状況でした。

当初は、私は役員会でビザリーブ(ビザの状況による一時休暇)をもらい今年の11月から来年の11月までカナダのウエストコーストで伝道をするという計画を立てていました。

みこころであるならば、カナダに戻ったままの状態になることもありうると考えていました。実際神が召されるところであれば、どこへでも行こうと考えておりました。さらにウエストコースで伝道し教会を助けたいという熱意が湧き起こってきました。たとえグリーンカードがおりても、何らかの形で以前から重荷を持っていたウエストコーストの人たちを助けたいと思うようになりました。

しかしそれと同時に、もし私がカナダのウエストコーストに引っ越しそこに1年以上いたら、デトロイトJCFはどうなってしまうのだろうか、という思いもおきていました。そこで牧師が1年以上いなくなっても教会が存続できるように、スタッフ訓練のプランも立て始めました。

弁護士から、普喜一家はアメリカから出て、I-94のスリップをビザが切れる6月19日にはアメリカ政府に返し、カナダに住居を移さなければならない、と言われました。それで、私と家内は娘といっしょにウインザー市にアパートを借り、ウインザーの電話を持ち、運転免許をミシガンのものからオンタリオのものに切り替え、車1台のナンバープレートをオンタリオのものに切り替え、法的なdeemed residenceの手続きを終えました。このためにカナダの健康保険を更新することができました。カナダの健康保険をごまかすことなく、堂々と更新できたことで、神に感謝をささげました。

いよいよ619日、労働ビザが切れる日を迎えました。私はI-94のスリップをアメリカ政府に返却し、ビジターの資格でアメリカに入ってきました。

私にはカナダに市民権がありますので、ビジターとして最高180日までアメリカにあるセカンドハウスに合法的に住むことができます。

でも何故こんなに長い間待ってもグリーンカードのペティションがこないのだろうかといぶかしく考えていました。何故こんなに返事が遅いのだろうか、何故こんなに事が遅れてしまったのだろうか、と考えておりました。

とにかく普喜一家は、住まいを正真正銘合法的にオンタリオに移し、合法的にビジターとしてミシガンに入ってきました。

その直後、わずか8日後の625日にペティションの認可がおり、7月はじめにミシガンBGCからこのことの通知を受けました。

私たちと家内はほっとすると同時に、次の難問がやってきました。もしもグリーンカードの次の段階であるI-485を提出すると、アドバンスパロールという渡航許可証をもらうまでアメリカから国外に出られなくなってしまいます。私がアメリカに閉じ込められるのはいいのですが、家内の恵子は命を守るためにカナダのウインザー市で治療を受ける必要があります。そこで私の小さな頭で考えたことは、私だけグリーンカードを申請し、家内はグリーンカードを申請しないで、ビジターとしてアメリカとカナダを往復するということでした。家内が通い妻になるのもつらいけれども、これしか方法がないのではないか、と考えました。もう一つ問題がありました。それは娘が今20歳で、来年の17日に21になります。21歳になると、家族としてグリーンカードをアプライする資格を失うのです。なんとか家族が皆同じグリーンカードをアプライし、なおかつ健康保険を使う方法はないものか、と思案しておりました。

79日に弁護士のところに行って相談しました。

弁護士は、先ずいいました。「今度はあなたはアメリカから出てはいけません。」ちょっと前まで同じ弁護士から「あなたはアメリカを出なければなりません」と言われていたのです。

私はすぐに家内がカナダ治療を受ける必要があること、ウインザーにいる子供がもうじき21になることを言いだしました。彼は”You have layers of problems.”(問題が山積みだね)と言いました。そして、この弁護士は見事にこの高級パズルを解いてくれました。それはまず私だけが一足先にI-485のアプライをして、私だけがアメリカに閉じ込められるという方法でした。それから家内の抗がん剤治療が一段落したあと、そして娘がウインザー大学の試験を終えたあとのクリスマスの時期に家内と娘があとでI-485のアプライをするということでした。

こうするとクリスマスの時期まで家内は、ミシガン州ノバイ市の家に滞在しながらJCFで教会の奉仕を続け、自由にカナダで治療を受けることができることになります。クリスマスを過ぎたあと約3ヶ月ほどアメリカに閉じ込められることになりますが、渡航許可証が出たあと、またカナダで診断や治療を受けることもできることになります。

神が試練の中で逃れる道を与えてくださったことを神に感謝しています。それと同時に、神のすばらしい御業の故に神を賛美しています。

もしも労働ビザが切れなかったら、牧師一家はカナダに住居を移さなかったことでしょう。もし労働ビザが切れなかったら、合法的にカナダの健康保険を更新することができなかったでありましょう。

グリーンカードのペティションの通知が、アメリカ政府の質問事項に答えることややサイトインスペクションやミシガンBGCの都合などいろいろなことで大幅に遅れてしまいました。神様はこの遅れを用いて、合法的にカナダの健康保険を使えるようにしてくださいました。

何故遅くなったのか、何故遅れたのか、と人間の側では気をもむことがあります。

でも神の時は人間の期待している時と違うことがあります。でも神の時が来ると、神のみこころがなるのです。

ペティションは、結果的に最もよい時にきました。ビザが切れて合法的に健康保険を更新できた直後にペティションの認可がきました。その絶妙なタイミングは神だけがコントロールできる領域でした。このタイミングによってすべての難問に対する解決が与えられました。神様は遅れを用いて神の栄光を現してくださったのです。

きょうの説教では、ヨハネ福音書11章からラザロの復活のお話の前半をいたします。このラザロの復活の話も、神様が遅れを用いて神の栄光を現してくださった話なのです。

エルサレムより2.8キロほど東にベタニヤという村がありました。

今はエルアザリエと呼ばれているところです。このエルアザリエという地名はアラビア語で「ラザロの所」という意味です。1951年にマリヤとマルタの家と伝えられている所が発掘され、現在はそのところにフランシスコ派のラザロ教会が建っています。そのすぐ上方に白色の尖塔が建てられていますが、それはラザロの墓と呼ばれているところで、墓は岩床に掘られた地下洞穴で、22段の石段を下って前室に達し、さらに2段下って本室に入るようになっています。そこには3面の壁にくぼみが設けられていて、遺体を安置できるようになっています。

さてそのエルサレムの近くのベタニヤには、ラザロという青年が病気にかかっていました。彼にはマルタとマリヤという姉妹がおりました。まだ結婚していない若い3人兄弟ラザロとマリヤとマルタが同じ家に住んでいたようです。マリヤとマルタは病気の兄弟のラザロを助けようとイエス様に使いを送って、すぐに助けに来てくれるように頼みました。

11章の1節から5節まで読んでみます。

11:1 さて、ある人が病気にかかっていた。ラザロといって、マリヤとその姉妹マルタとの村の出で、ベタニヤの人であった。

11:2 このマリヤは、主に香油を塗り、髪の毛でその足をぬぐったマリヤであって、彼女の兄弟ラザロが病んでいたのである。

11:3 そこで姉妹たちは、イエスのところに使いを送って、言った。「主よ。ご覧ください。あなたが愛しておられる者が病気です。」

11:4 イエスはこれを聞いて、言われた。「この病気は死で終わるだけのものではなく、神の栄光のためのものです。神の子がそれによって栄光を受けるためです。」

11:5 イエスはマルタとその姉妹とラザロとを愛しておられた。

「愛する兄弟ラザロが危篤で危ない、すぐに来てくれ」という知らせを受けたら、すぐにイエス様ははラザロのもとに駆けつけるのが普通ではありませんか?

ところがイエス様はわざと到着を遅らせたのです。

おかしな表現がその後の6節にあります。

11:6 そのようなわけで、イエスは、ラザロが病んでいることを聞かれたときも、そのおられた所になお二日とどまられた。

イエス様はわざと2日間そこに余計に滞在なさいました。イエス様はラザロとマルタとマリヤを愛しておられました。そういうわけで到着を遅らせたと書かれているのです。おかしな表現だとは思いませんか?

そしてイエス様がわざとぐずぐずしている間に、ラザロは死んでしまいました。

そしてラザロが死んだあと、イエス様がベタニヤにあるラザロの墓に到着したのは、ラザロの死後4日もなったあとでした。

11節から19節までで、イエス様はラザロが死んだこと、そしてその場に居合わせなかったことがよかったのだ、とおっしゃいました。

11:11 イエスは、このように話され、それから、弟子たちに言われた。「わたしたちの友ラザロは眠っています。しかし、わたしは彼を眠りからさましに行くのです。」

11:12 そこで弟子たちはイエスに言った。「主よ。眠っているのなら、彼は助かるでしょう。」

11:13 しかし、イエスは、ラザロの死のことを言われたのである。だが、彼らは眠った状態のことを言われたものと思った。

11:14 そこで、イエスはそのとき、はっきりと彼らに言われた。「ラザロは死んだのです。

11:15 わたしは、あなたがたのため、すなわちあなたがたが信じるためには、わたしがその場に居合わせなかったことを喜んでいます。さあ、彼のところへ行きましょう。」

11:16 そこで、デドモと呼ばれるトマスが、弟子の仲間に言った。「私たちも行って、主といっしょに死のうではないか。」

11:17 それで、イエスがおいでになってみると、ラザロは墓の中に入れられて四日もたっていた

11:18 ベタニヤはエルサレムに近く、三キロメートルほど離れた所にあった。

11:19 大ぜいのユダヤ人がマルタとマリヤのところに来ていた。その兄弟のことについて慰めるためであった。

11:20 マルタは、イエスが来られたと聞いて迎えに行った。マリヤは家ですわっていた。

イエス様は、わざと自分の弟子であるラザロが死に、その死が動かぬ事実になるまで、出発を延ばしました。何故そんなことをなさったのでしょうか?

それは4節にあるように、神の栄光が現されるためでした。

11:4 イエスはこれを聞いて、言われた。「この病気は死で終わるだけのものではなく、神の栄光のためのものです。神の子がそれによって栄光を受けるためです。」

11章40節でもイエス様はマルタにおっしゃいました。「もしあなたが信じるなら、あなたは神の栄光を見る、と私は言ったではありませんか。」

私たちには、何故こんなことが起きるのだろうか、何故遅いのだろうかと考えることがあります。でも神様には、人間が知らないご計画があり、神の時は人間の思いとは違うことがあるのです。

ところがマルタもマリヤもそろってイエス様に嘆きをぶつけました。

21節のマルタの言葉と32節のマリヤの言葉は、ほぼ同じ内容です。

11:21 マルタはイエスに向かって言った。「主よ。もしここにいてくださったなら、私の兄弟は死ななかったでしょうに

11:22 今でも私は知っております。あなたが神にお求めになることは何でも、神はあなたにお与えになります。」

11:23 イエスは彼女に言われた。「あなたの兄弟はよみがえります。」

11:24 マルタはイエスに言った。「私は、終わりの日のよみがえりの時に、彼がよみがえることを知っております。」

11:25 イエスは言われた。「わたしは、よみがえりです。いのちです。わたしを信じる者は、死んでも生きるのです。

11:26 また、生きていてわたしを信じる者は、決して死ぬことがありません。このことを信じますか。」

11:27 彼女はイエスに言った。「はい。主よ。私は、あなたが世に来られる神の子キリストである、と信じております。」

11:28 こう言ってから、帰って行って、姉妹マリヤを呼び、「先生が見えています。あなたを呼んでおられます」とそっと言った。

11:29 マリヤはそれを聞くと、すぐ立ち上がって、イエスのところに行った。

11:30 さてイエスは、まだ村に入らないで、マルタが出迎えた場所におられた。

11:31 マリヤとともに家にいて、彼女を慰めていたユダヤ人たちは、マリヤが急いで立ち上がって出て行くのを見て、マリヤが墓に泣きに行くのだろうと思い、彼女について行った。

11:32 マリヤは、イエスのおられた所に来て、お目にかかると、その足もとにひれ伏して言った。「主よ。もしここにいてくださったなら、私の兄弟は死ななかったでしょうに。

マルタもマリヤもイエス様が病気の人をいやす力があるキリスト救い主であることを信じていました。でも死んでしまったらもう万事休す、たとえイエス様でももう何もできない、もうおしまいである、と考えていました。

マルタもマリヤにもイエス様に対する立派な信仰がありました。22節と27節の信仰はイエス様の弟子として立派な信仰です。ペテロの信仰告白のような滅多に聞かれない信仰告白へと導かれています。さらにイエス様さえ早くきてくださったら、ラザロは助かったろうに、という信仰もありました。

しかし死んだ直後ならともかく、4日もたったらもうおしまいだ、手遅れだ、イエス様でも無理だ、もう絶望的だ、もう望みは消えてしまった、

そう思える時までイエス様は到着を遅らせて、イエス様がラザロをよみがえらせる力があること、イエス様が命を与える生命の根源であることを人びとに示されたのです。

単にイエスという聖者に祈ってもらったら何でも聞かれるという人間的なレベルでのイエス理解から、イエス様は人に命を与え、「死とハデスの鍵を持っている」(黙示録1:18)方であるという理解へと弟子達の信仰理解を高めて、神の栄光を表そうとなさったのです。

イエス様が事を遅らせたのは神の栄光が現されるためでした。神様には時があります。イエス様は、一番いい時にアクションを起されて弟子達を助け、弟子達の信仰を高めてくださったのです。そして今でも一番いい時にアクションを起して神の栄光を現してくださっています。

グリーンカードのアプリケーションと家内の病気の治療のための健康保険のことでも、不思議な神の導きによって困難から逃れる道を開いて下さいました。今回の難問の解決という不思議なできごとを通じても神様はJCFと共にいて生きて働いていらしゃる、JCFのミニストリーを守ってくださっている、ということを実感することができました。ビザの問題の中で神様の栄光が現されました。神様は素晴らしいことをなさいます。そのことで神様の御名をあがめています。